【黒百合】 この作品を最後に失明を危惧して行方を断った文才
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written by Masatetu Akimoto

【黒百合】 この作品を最後に失明を危惧して行方を断った文才

更新日:2020年3月10日


                   *書評ではないのでネタバレはありません。

                   

 

 

この物語のどこが面白いかというと、


Point 透き通るような時代背景描写に、純愛を彩った文芸作品といった心地よさとレッドへリングを効かせた絶妙などんでん返し、最後の一行が重い…。

             *レッドへリング:重要な論点から相手の注意をそらす技法


舞台は3つの時代に分かれて進行します。

① ベースになっているのは、昭和27年の夏、舞台は別荘が立ち並ぶ六甲山

② 二つ目が昭和10年、舞台はベルリン

③ そして最後は、昭和15年〜20年、舞台は大阪


いずれも戦前、戦中、戦後の日本の背景を色美しく描写しながら、その時代には叶えられなかったテーマを横軸に進んでいきます。


そして、この物語の大脈である14歳の少年、少女の夏という弾けるような体験と、初恋の淡い想いが全体像を純文学のように進行していくのです。


作者は、2009年12月19日に「両目を失明し人の手を煩わせたくない。筆を置き、社会生活を終了します」と置手紙をして失踪することになります。そして、この作品が残された最後の作品となりました。


最後にして、輝き深い作品であることは間違いありません。


まずは、作者紹介からいたしましょう。


多島斗志之(タジマ・トシユキ)

1948年 大阪府生まれ。早稲田大学政治経済学部を卒業後、広告代理店勤務を経て作家デビュー。密約幻書』で第101回直木賞候補、『不思議島』で第106回直木賞の候補作となった。多重人格を取り扱って話題となった『症例A』、純愛小説の『離愁』など幅広い作風で知られる。


疾走するというミステリーな最後だったようです。


本作のメインストリームが、大阪ー兵庫ということで、阪急電鉄の創始者小林 一三をモデルにしたであろう人物や宝塚歌劇団といった背景が伺い見れ、その背景が物語の進行に寄り添っています。


主人公は、14歳の少年二人と少女ですが、他に出てくる情勢は、六甲山の別荘地であることもあり、気品がある貴婦人ばかりで、それが宝塚の背景と重なって見えます。


メインストリームの昭和27年といえば、手塚治虫の大ヒット作「鉄腕アトム」の連載が開始された年でもあり、宝塚という土壌からも、個人的には大人向け手塚作品を主人公のイメージを重ね合わせてしまいます。


∽∽∽∽ コメント ∽∽∽∽

ミネラル分の多い湧水湧水が生田川の源流ともなる布引渓流名水百選名水百選といったナチュラルなイメージと、早くから神戸に居留した欧米人によって開発されたリゾート地のイメージが混在する静養地ですが、この物語の”淡い恋”の舞台にぴったりの描写が買う多く見られます。文章を追いながら、写真をみるが如く読み進めます。∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽


さて、主な登場人物を簡単に紹介しましょう。


寺本進:父親が知り合いという縁で東京から夏休みを過ごしに来た14歳 浅木一彦:寺本進を向かい入れた浅木家の一人息子14歳

倉沢香:六甲の高級別荘地に夏の間静養している倉沢毛の娘14歳

小芝一造:宝急電鉄の創始者で進と和彦の両父親とベルリンに視察した経緯を持つ

寺元進の父:東京電燈の社員、知り合いの縁で息子を浅木家に預ける

浅木和彦の父:宝急電鉄の社員で、創業者小芝一造の部下

浅木和彦の母:別荘で木の玩具を作って宝急百貨店に収めている

倉沢日登美:香りの叔母であるが地は繋がっていない

倉沢貴久男:香りの叔父であるが地は繋がっていない

倉沢貴代司:香りの叔父であるが地は繋がっていない。破天荒

車掌:日登美に思いを寄せられる

六甲の女王:六甲山で喫茶店を経営する美人

相田真千子小芝一造一行がベルリンで出会う美女


三つの時代をスライドしながら物語は進行しますが、時系列に進んでいかないため、登場人物の年齢とイメージを意識しながら読み進めてください。

時代ごとの人物のイメージをしっかりとイメージした方が物語を楽しめます。


美しい自然あふれる別荘地で、淡い初恋とまたそれにも似た秘めた恋の描写が心地よく、文芸作品として読み進めていく中で、昭和15年〜20年に一つの事件が起こります。しかし、時代は戦中の混乱期でもあり、物語の色付けかと思いきや、これが大きなテーマを導き出す読みどころとなります。 

Point その過失によって起きた事件の当事者、そしてその事件に至るまでの経緯と理由、さらには二番目の事件に注目です。

そうです。この物語は淡い初恋、恋心を描写するという叙情的な物語の進行の裏に「その事件」を紐解いていくミステリーなのです。


そのため、作者は、見事なミス・リードを散りばめていきます。


それらのミス・リードを読み解いていくことで、物語の中核に触れ感慨深さを持ちますが、この物語の本当の意味の面白さは、タイトルにも秘められた奥深さです。


そして、最後の一行の読み方でさらに深いレイヤーを感じるかどうかは、あなた次第です。


ちょっとだけ、ご紹介しましょう。


   ーそしてその傍に置かれた幾つかの木の玩具は、もちろん、あの

    おばさんの作ったものだ。  

                  


最初の場面と同様に最後の場面もかく美しく仕上がっている。

文章の美しさにそっと触れている感覚にとても満足感を抱く作品なのです。


だから、

まとめ 透き通るような時代背景描写に、純愛を彩った文芸作品といった心地よさとレッドへリングを効かせた絶妙などんでん返し、最後の一行が重い…。

六甲の静養地、別荘、14歳の夏休み、淡い恋

これだけで、「小さな恋のメロディ」的な要素を持ちながら、しかしてミステリー、はたまたさらなる大きなテーマでくくられる、失踪した失明する作家の遺作。


さて、この物語、あなたは読んでみたいと思いましたか?

 

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